心臓病患者シミュレータ『イチロー』を用いた2年目研修医による

1年目研修医への実習指導

 

伊賀幹二、小松弘幸

 

 

天理よろづ相談所病院 総合診療教育部

632-8552 天理市三島町200  

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キーワード;研修医、身体所見、循環器疾患

抄録

2年目研修医が心臓病患者シミュレータ『イチロー』を用いて1年目研修医の実習指導を行った。指導する研修医にとっても、下級生の指導を意識することにより、自分に欠けている点を自覚でき有用な実習と考えられた。

 

はじめに

高階らにより開発された心臓病患者シミュレータ『イチロー』は、36種類の心電図、頸静脈波、頸動脈および全身の動脈波、心尖拍動を人体と等身大のマネキンに再現でき、視診・触診に加え、各疾患の心音・心雑音を自分の聴診器で聴くことができる(1)。我々は1998年度採用の1年目研修医に対して『イチロー』を用いた実習を行い、実習を受けた研修医がどのように実習効果を考えているかを報告した(2)。その結果をふまえて、1999年度採用の1年目研修医に対しては、実習前に到達目標を知らせ、採用直後とその3ヶ月後の2回実習を行うこととし、2回目の指導を特定の2年目研修医に委ねた。

今回の論文では、経験が少ない2年目研修医が1年目研修医を指導することの意味をアンケート調査から考察した。

対象と方法

1999年度に本院に採用された、11名の1年目研修医全員を対象とし、今年度の第2回目の『イチロー』実習を下記の要領で行った。

1.    採用直後の5月に、第1回目の『イチロー』実習を、少人数グループ単位で、順序立てた身体診察法の習熟と正常所見の理解を到達目標として、卒後5年目の後期研修医を指導医として行った。1年目研修医は、3ヶ月後に行う第2回目の『イチロー』実習までに実際の患者から順序よく正常所見をとれるように訓練することを言い渡された。

2.    実習の2週間前に循環器内科の指導医により、2年目研修医3名および3年目研修医1名の計4名が今回の実習の指導医として指名された。1年目研修医の到達目標として、下記の疾患の異常所見を検出できることとし、実習中にそれぞれの疾患の病因、自然歴等につき指導にあたる研修医が講義できるようにした。対象とした疾患は大動脈弁狭窄症、大動脈弁閉鎖不全症、僧帽弁閉鎖不全症兼狭窄症、心房中隔欠損症、心不全によるS3 gallop、僧帽弁逸脱症であった。

3.    実習前日に指導にあたる研修医の一人より、順序立てた診察法の復習を『イチロー』を用いて行い、知識の確認を行った。11名は、2〜3名1組の4グループに分かれ、各々3時間の実習を受けた。上級研修医の4名がそれぞれ一つのグループを担当した。1年目研修医が『イチロー』の疾患モデルから所見を取った後に、順次所見を述べ、指導する研修医と所見の分析および診断に至る過程を問題討論形式で学習した。所見の把握に加えて上記心疾患の病因、自然歴等につき、適宜講義を行った。循環器内科の指導医が、彼らの指導中にオブザーバーとし同席し、解釈困難になったときや病因や自然歴につき不正確な知識を講義したときのみ適宜修正を加えた。

結果

指導を行った4名の上級研修医から実習直後に感想を書いてもらった。2週間前に指導するように言い渡されたために、全員が実習前にかなりの自己学習をしたとした。また、実際に指導することにより自分の理解できていた点、理解できていない点が再確認できたとした。3名は指導を受けた昨年の実習より、実習を指導した今回の方が勉強になったとした。

一方、実習の指導医として、経験および知識が豊富な医師である必要があるとした1年目研修医は一人もなく、9名が1年上級の研修医の方がよかったとした。理由として同世代であるため何でも聞けるといった意見が多かった。5名が、1年上級研修医が指導することをみて、自分も異常所見をとれるようになると思ったとした。しかし、来年度に指導することができるとしたものは医師免許を取得後4ヶ月のこの時期では1名にすぎなかった。

考察

教育方法には、知識をくまなく教える従来の方法から、学習の動機づけを重視する方法まで種々の種類がある。医学教育においては、卒前に習得すべきことが年々増加している現在、知識を教えるより勉強する動機づけをすること、生涯を通じて自分の知識を向上させる自己学習が重要であることを認識させる必要がある。

指導医にあたった上級研修医のうち3名は、昨年度に『イチロー』実習を受けたが、それより今回の実習で指導した方が自分の知識の不確かさを確認することができ、勉強になったとした。今回は初期研修1年間の評価が高いと思われた上級研修医を指導医として選び、2週間前にそのことを通知することにより、全員が学習する動機となった。卒後教育システムのなかで責任をもって下級生を教えることを課することは、評価の高い研修医の能力を向上さす一つの方法と考えられた。

研修を受ける側からみると、知識があやふやな指導医は敬遠される。今回の実習で指導を行った研修医は、経験が少なく知識面では少し問題があったが、実習中に循環器内科の指導医が同席し、適宜助言するというスタイルをとったためかそれに関する問題は起こらなかった。アンケートでは、今回の指導医として経験および知識が豊富な指導医を望んだ1年目研修医はなく、11名の内9名が何でも聞きやすいということで、むしろ1年上の研修医による指導の方がよいとした。1年目研修医は、2年目研修医がてきぱきと指導するのをみて自分も2年目には同じようになれるという期待をもて、今後学習する動機になったと考えている。

我々は、研修医は学生を、上級研修医は下級研修医を指導すればお互いに有用であると実践・報告してきた(3,4)。臨床研修病院において、システムとしてこのような指導体制を作れば、一部の優秀な研修医のみではなく全員が身体診察法に習熟することを期待でき研修の実があがると思われる。

謝辞

今回の実習期間中、快く心臓病患者シミュレータ『イチロー』を貸与して下さった京都科学に深く感謝いたします。

文献

1.    高階經和:新しい心臓病患者シミュレータ“Ichiro”とその診断手技向上における教育効果. 医学教育 1998,29:227-231

2.    小松弘幸、伊賀幹二、石丸裕康.:心臓病患者シミュレータ『イチロー』を用いた身体診察法の実習-実習を受けた1年目研修医側からの報告- JIM 1999,9:(印刷中)

3.    伊賀幹二, 石丸裕康:初期研修医による夏期学生への身体診察法の指.JIM 1999,9:172-173

4.    伊賀幹二, 石丸裕康, 八田和大・他:循環器疾患における身体診察法の習得−1年目の初期研修医に対するマンツーマン個別指導−. 医学教育 1998, 29:411-414